徳薙零己の備忘録

徳薙零己の思いついたことのうち、長めのコラムになりそうなことはここで

1時間2980円について考えてみる

最近、1時間2980円のマッサージ店が増えてきている。

肩こりであったり、腰の張りであったりと、身体の疲れを癒やしてくれるマッサージ店自体は以前から存在していたが、その値段が目に見えて下がってきているのだ。

 

安くなることは消費者としてありがたいことと思うかもしれないが、ここにはきわめて大きな問題がある。

その料金設定で従業員にまともな給与が支払われるのか、という点である。

 

TKCの調査によると、マッサージ店の人件費は売上の54.4%である。マッサージというのは1人の施術師が1人の顧客と応対するため、1人あたり1時間2980円というのは、施術師の1時間あたりの売上が2980円ということである。その54.4%が人件費ということは、時給にすると1621円。アルバイトの時給と比べると高いと思うかもしれないが、年収で考えると324万円である。

仮に年2回のボーナスがあったとしても年収が400万円を越えることは難しい。

 

ところが、実際に1時間2980円の店の人材募集要項を見てみるとこうなっている。

平日/10:00~20:59・・・・(60分)1800円~
平日/21:00~23:59・・・・(60分)2000円~
平日土日祝24時以降・・・(60分)2200円~
指名料・・・・・・・・・・200円

 

recruit.hogushiya-ikoi.com

 

いったいどういうことなのか?

 

そこで調べてみたところ、面白い事実が出てきた。

 

まず、先に人件費率が54.4%であると示したが、では、残る45.6%は何なのか?

通常の事業では、売上から原価を引き、家賃や設備の維持費、さらには広告費といった販管費(販売費及び一般管理費)を引き、人件費を引いて残った利益(営業利益)が業界平均の数値を出さないと話にならない。マッサージ店におけるその水準は5%であり、マッサージ店は5%の利益率を維持できるか否かが事業継続可否の分かれ目となっている。

1時間2980円で上記の時給を出した上で5%の営業利益を出すとなると、1800円だと34.6%、2000円では27.89%、2200円では21.17%が原価と販管費に回せる金額となる。

 

これで原価を販管費を出せるのだろうか?

 

結論から言うと、出せる。前述の人件費を出したままで営業利益5%は捻出可能なのだ。

 

マッサージ店の原価はさほど高いものではない。消耗品としてはマッサージ時に使用するオイル程度で、タオルや着替えは洗濯で再利用可能、ベッド等の設備も原価と言うよりは設備費である。初期投資費用は要するが原価とするほどではない。ゆえに、原価を抑えることでの販売価格抑制は不可能である。

だが、販管費に目を向けるとどうか?

家賃や光熱費を抑えることは可能なのだ。

店を大きくした上に郊外に店舗を構えた上で従業員を増やすと、従業員一人あたりの販管費を減らすことが可能となる。

 

とは言え、1日8時間、週40時間労働の全てを時給2200円で計算しても年収は440万円である。これは時給2200円の年2000時間勤務で計算した数値であり、実際の年収はもっと低くなる。

これで従業員をつなぎ止めることが出来るであろうか? 最低賃金よりははるかに高い給与であるとは言え、給与所得者の平均給与水準よりは低いのである。

 

ビジネスモデルとして成立させるため、1時間2980円の店はそもそも従業員をつなぎ止めるという概念を捨てている。1時間2980円の店で働く際に、従業員として契約するのではなく、業務委託契約をするのである。店は店舗の設備を貸し出し、料金の徴収を代行して、手数料を取った余りを施術師に支払っているのである。

この形態にすると、従業員を社員とさせないことによる店側の負担を減らすことが可能となる一方、従業員にとっては正社員としての安定を獲得できない上に、年金は国民年金、保険は国民保険となる。現在の労働状況の悪化の一環としてよく見られる光景である。ただし、正社員ではなく業務委託形態であるために、正社員に求められる時間の制約は多少であるが猶予がある。

 

私はここに一つのチャンスを見る。

従業員として、子育て中であるためにフルタイムの仕事ができない人と業務委託契約を結んだらどうなるか、あるいは、無年金高齢者と業務委託契約を結んだらどうなるか、と。

子育てに追われるために8時間労働が困難な人に対し、子を保育園に預けている間の勤務契約を結んだらどうなるか? 欲を言えば、店に保育園や託児所が併設されていたらどうなるか?

あるいは、年金を納めたくても納めることができなかったがために無年金のまま定年を迎えてしまった高齢者と、施術師として業務委託契約を結んだらどうなるであろうか?

さらに言えば、年金支給開始年齢が遅れることは目に見えている。定年年齢が70歳、75歳と上がったとしても、定年を迎えてから年金を受け取るまでの帰還の空白が存在する可能性は高い。このときの職業の一環としてマッサージ店の施術師というのは選択肢の一つとして認められるのではないであろうか?

 

1時間2980円の店は、安いマッサージを提供するビジネスモデルである。と同時に、行政が介入することによって、働きたくても働くことのできない人に対する働く場を提供する場所へと変化させることができるのではないか?